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医療技術の複雑化・高度化に対応することはもはや医者だけでは困難になりましたし、各職種が経験を積み研鎖を重ねることによってそれぞれの専門性を高め、医者の片手間仕事のレベルを超えることにもなったのです。
今なお各種学校における教育が多いとはいえ、各職種の教育程度が高くなり、臨床検査には大学理学部の出身者が加わりつつありますし、言語療法士、臨床心理士やソーシャルワーカーはもとより大学課程を終えています。
そして看護大学もできていますから、そのような教育背景の点からだけでも「労力」説は維持しがたくなりつつあるといわなくてはなりません。
このような状況の下では、医者は各専門職種を以て構成されたチームのリダの医者対一人の患者という古くからの形式が忘れられず、各専門職種を単なる下請けとしか見ない考え方が身についているものですから、専門家からなるチームのリダとしての役割になじめず、依然として独裁者的な姿勢をとり続けることによって、近代的なチ数多くの医療関係職種から能率的に情報を汲み上げ、それぞれの立場からの活発な意見を統合するためには、診療会議を開くとともにPOS方式を採用して同一の診療録に各職種がその観察事項や評価や作業プログラムを一定の形式で記載することによって、各職種の営みをすべての他の職種が理解し、医療チーム全体が共通の理解の上に立ってチーム全体の活動が一人一人の患者の上に焦点を結ぶように努めなくてはなりません。
要するに、専門分化の傾向が医学の進歩の必然であることを認めた上で、そのために一人の患者が八つ裂きにならないように、各専門職種の間から水が洩れないように、そして診療責任の所在があいまいにならないように調整するのが、医者の重大な責任になったのです。
ある病院の外科医が手術がうまいから、あるいは看護婦が親切だから、あるいはチーム医療ソーシャルワーカーが有能だからそこを選ぶというような場合もなくはないでしようが、一般には患者は一つの病院の中にどういう職種が存在して、それぞれがどういう能力をもっているかというようなことを知って訪れるのではありません。
立派な病院らしいからそこへ行けば職員みんなが協力して最善のケアをしてくれるだろうと病院を信用して訪れるのでしょう。
したがって恐れず、むしろ専門の間から水の洩れることを恐れて、チーム全体としての能率を上げるように努めなくてはならないと考えるのです。
各種の専門職はそれぞれの専門技術を訓練するとともに、チーム医療の一員としての自覚をつちかうように共通の理念に立って教育されることが望ましいと考えられます。
職場に出てからいきなり専門分化の弱点をカバすることを求めても無理でしょう。
ことに医者の場合は、いざとなれば独立して開業できるという気持がありますから、どうしても一匹狼になりやすく、医療チームの責任者としての自覚を欠くおそれがありますが、今日の医療はチーム医療、組織医療たらざるをえないのですから、頭の切り換えがどうしても必要なように思われるのです。
現代医学は分析的手法によって支えられている、と前の章で申しましたが、分析のしっぱなしで科学者が満足するわけはありません。
分析によって一つの病気や一つの現象にかかわる因子・条件を可能なかぎり洗い出し、それを踏まえて一定の原因や法則を確認することによって、病気をコントロルするための拠り所を見出すことこそ、医学研究の目標なのですから。
そのためには単に集まった情報を横ならべするだけではなく、それらの情報に重みづけをして、病気の診断や患者の治療に最も深くかかわる因子と副次的な情報とをよりわけなくてはなりません。
たった一つの因子さえ操作すれば患者の病気が完全に制御できる、というような簡単な対応関係が発見できれば、これほど能率的な話はありませんから。
そのような単独因子を確定することによって医学研究のいわば理想的なモデルを提供したのは、細菌で引き起こされる感染症研究の場合でした。
体液異常、遺伝、環境、ミアスマ(空気中の病的汚染物質)などが、古代から病因論の場で互いにゆずらず激しく争いつづけた有力な仮説群でしたが、ルネッサンス期の詩人・科学者の一人フラカストロの『伝染病論』(一五四六年)のあたりから病原微生物に対する相当確実な予感があらわれました。
ことに一八八二年のコッホによる結核菌の発見によって感染症・細菌学の世紀、つまり特定病因論の時代がはじまったといっていいでしょう。
実は、細菌学は医学の歴史からいうとむしろ比較的若い専門分野で、解剖学や生理学や病理学や薬理学よりは遅れて医学研究の場面での市民権を獲得したといっていいのです。
近代医学研究のお手本といってもいい、正確でいきとどいたコッホの「結核の原因論」の発表自体、一八八二年ベルリン大学の生理学教室で開かれた生理学会で行われたものです。
細菌学会がまだ存在していなかったのです。
この論文は人類の最大の脅威であった結核の本拠を一挙についたという歴史的な意味を持っていただけでなく、則を打ち出すことによって、感染論ひいては医学研究一般のための近代的論理を定着させたという点ての三つです。
これによって病原菌が決定されるのです。
注目に値するのは、ある病気を引き起こす単数の原因因子病原微生物(細菌またはウィルス)を患者の体から引き離して独立のものとして取り出すことができ、それを用いて健康な動物に同じ病気を引き起こすことができることを確認したことです。
この実験の成功によって、病気の原因を人間の体から切り離し、人間としての患者をさしおいて、病気の原因そのものを思いのままに操作するという能率的な、一次方程式的な研究方法論とそれに支えられた単純・明快な医学思想とが定着しました。
これが「特定病因説」です。
もっとも、コッホが結核菌発見の余勢を駆って強い自信をもって取り組んだ、結核菌培養液からの製剤、ツベルクリンを用いた結核治療の試みは全く失敗に終りました。
しかし三十数年後、ストレプトマイシンを先頭に続と現われてついに地球上の結核菌を追いつめることにほぼ成功した各種の抗結核剤は、コッホの方法によって純粋培養された結核菌を用い、コッホにならって行われた動物実験を利用することによって発見されたのです。
またウシ型の弱毒結核菌BCGを用いた結核予防も、同じはラダイム(考え方の枠組み)の上に立って完成されました。
コッホが結核菌の発見を発表した当座は、お膝もとのドイツをはじめイギリス、アの病原菌も続と発見されるし、コッホの三原則の正当性がそれによって繰り返し証明され、さらにそれを踏まえた感染症の予防・治療のシステムが次と確立され、目覚ましい成果をあげました。
このため病気は単一の、あるいは少数の因子によって引き起こされるものであり、その明確にされた原因さえ除去すれば患者がたちどころに健康を回復するものであるというテーゼ、すなわち単一病因論、特定病因説が医学研究家、臨床家そして患者、患者予備軍としての一般市民の頭を強く支配するに至りました。
もっともコレラ菌の役割を否定的に評価しようとして自らコレラ菌の培養液を飲んだ十九世紀の衛生学者のような人もいたわけですが、病気の考え方についても、その研究方法に関しても、また病気のコントロルのためにも、最も明晰でかつ能率的な特定病因説は、感染症をモデルにしながら、感染症をこえてほとんど現代医学全体をおおうに至りました。

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